二者択一じゃなくていいだわさ

Hotwiredにちょっと興味深い記事.


「主婦かキャリアウーマン」の二者択一は今後どうなる(上)

ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載されたモリーン・ダウド氏の示唆に富む記事『現代の女性はどちらを選ぶ?』(What's a Modern Girl to Do?)[アクセスには登録が必要]について、『セックス・ドライブ』フォーラムでの議論が盛り上がっている。この記事は、間もなく出版される同氏の本『男性は必要? 異性間の衝突』(Are Men Necessary? When Sexes Collide)を下敷きにしたものだ。


この記事の要点は、フェミニズムに幻滅した若い女性たちは、子どもを育てる間、専業主婦をしても養ってくれる夫を見つけるために、性的対象物となる道を選んでいるというものだ。

まぁ,これはよく聞く話ですね.

さらに、仕事で成功して経済的に自立した女性――交際相手の男性よりランクが上の場合さえある――は、男性に魅力的だと思われたいがために、さほど自立しておらず、実際より愚かに見えるよう、必死で努力しているというのだ。

必死に自分をマイナスに見せている様.でもそういうのもあるかも.

第一に、子どものために夫婦のどちらかが家庭に留まるほうが望ましいと考えている多くのカップルには、実際にそうする金銭的余裕がない。それも別に、カフェ・ラテや高級車といった贅沢品のある暮らしを手放したくなかったからではない。それに、今回の記事に取り上げられた女性が期待するほどの稼ぎがある男性はごく少数だ。

やっぱ普通に考えて,子供のためにはどっちかが家庭に留まる方がいいんじゃない?と思う一方,稼ぎに関係なく共働きの方が何かと良いかなぁと思うのです.
で,考えてみれば,何が子供のためかというと,ちゃんと見ていてあげるということが大事,ということな気がするので,ということは簡単な解は親と同居!は別の深刻な問題が惹起されそうなので,同居じゃなくて預けやすい近くに住むのがお互い良いんじゃないかと,最近身内を見ていて思う次第.

それに私は、「家庭に戻ること」を不平等や依存の表れだとも思わない。雇用者が賃金を払うのは夫婦どちらか一方かもしれないが、収入を得ているのは1つの世帯だと私は考える。同じ目的――健康な子どもたち、家、食事、衣服、娯楽、家族それぞれの充実感、さまざまな品々など、家族の幸福に必要だと考えられるものなら何でも――に向かって努力する2人の大人の間で、労働を分担しているにすぎないからだ。

一文目がおもしろい.大体,現代では家庭への留まり方は昔とは違ってると思うし.

家庭で子育てに専念することを選び、仕事から遠ざかった若い女性たちが、子どもたちが学校に通いだしたのを機に自分自身で事業を始めたり、在宅勤務で働き始めたりするかもしれない。また、こうした女性たちは、2つのレベル――地域とオンライン――で強力な支援ネットワークを築くこともできる。万が一不倫や離婚などを経験したとしても、こうしたネットワークがあれば、トラウマを乗り越えられるだろう。


 こうした女性たちは、仕事のみの道を選んだ女性が22歳でついたスタートラインに、35歳でつくのかもしれない。それでも、その気になればキャリアを始めることもできるのだ(逆に、子どもの欲しいキャリアウーマンが、35歳で仕事のペースを緩めたり、完全にリタイアすることもあるだろう)。

そうですね.そうですよ.今はいろいろ手段があるので,以前よりも社会復帰(遠ざかる前に戻れるかは分からんけど)は困難ではないはず.で,現時点では,女性の方がそこら辺のフレキシビリティはあるように思われる.


僕何ぞは,(やっぱり身内を見ていて)子供は3歳くらいまでは母ちゃんが見てあげた方がいいんじゃない?とか思うんだけれども,それから仕事できないか?というと,今はいろいろ出来るんじゃないでしょうか?特にコンピュータ使える人は.


ところで「フェミニズムに幻滅」っていうのは具体的にどういう事なんでしょうね?